大綱琴平神社 (横浜市神奈川区台町)

本村神明社に続いて足を伸ばした神社。横浜から上りのJRに乗ると左側の車窓、タイ料理屋の辺りにちらっと鳥居が見えるので是非行ってみようと思っていた場所。行ってみたらなかなか面白い場所だった。


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御祭神

大物主神   ( おおものぬしのかみ )
金山彦神   ( かなやまひこのかみ )
日本武尊   ( やまとたけるのみこと )
大山祇神   ( おおやまつみのかみ )
御由緒
この神社は、社伝によると平安末期の創立で、もと飯綱社といわれ、今の境内後方の山上にあった。その後、現在の地へ移り、さらに琴平社を合祀して、大綱金比羅神社となった。かつて眼下に広がっていた神奈川湊に出入する船乗り達から深く崇められ、大天狗の伝説でも知られている。
また、江戸時代には、神社前の街道両脇に一里塚が置かれていた。この塚は、日本橋より七つ目に当たり、土盛の上に樹が植えられた大きなものであった。
2013-01-12 15.55.11
旧東海道沿い。現東海道からはかなり奥まっている。2013-01-12 15.52.09
メインの社殿。お正月のせいかにぎやかな印象。若い女性が一人でお参りに来ていた。2013-01-12 15.51.48
メインの社殿右側に弁財天など合祀。奥の崖をくり抜いて祀られている。2013-01-12 15.51.58
更に右側に稲荷社合祀。2013-01-12 15.51.38
神奈川県下の神社ではスタンプラリーなど催している模様。軽く覗いてみるとどうも携帯専用らしい。2年前からやってるようだが最早携帯が少数派になりつつある現在、早くスマホに対応してほしいものである。
2013-01-12 15.52.43
崖崩れが起きたら一たまりもなさそうなスリリングなロケーション。そんな場所のすぐ脇にはマンションが隣接。2013-01-12 15.53.55
其の昔(と言っても昭和30年代)までは海が見えたそうだが、今ではかなり沖合まで埋め立てが進んだあげくにビルやら何やらが建て込んでまったく向こうが見えない。2013-01-12 15.54.29
神社の右斜め上、すごい場所に浮かぶように立っているお寺。2013-01-12 15.55.31
鳥居前から旧東海道神奈川方面。2013-01-12 15.55.50
鳥居前から旧東海道保土ヶ谷方面。

本村神明社 (横浜市旭区本村町)

本年最初のお参りは例年通り帰省先の国宝クラスの神社、次はそれに準ずる神社にお参りしたので、ここは本年3つ目にお参りした神社。


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御祭神

天照大神   ( あまてらすおおみかみ )
伊弉諾命   ( いざなぎのみこと )
伊弉冊命   ( いざなみのみこと )
御由緒
当神明社の創始は古く武蔵風土記によれば約千有余年平安中期、天禄元年(970年)伊勢神宮の神霊がこの地の峰に影向氏、二俣川の社を假宮と号したとあります。
二俣川村の鎮守として祀られるのは寛永19年(1642年)徳川幕府から所領を賜った宅間三十郎の神殿建立に始まる。
大正の時代に指定村社に列せられ二俣川神明社として、市から幣帛供遊使が派遣された。当時の例祭日は純農村地帯であった村の年間最大の休養と娯楽で田舎歌舞伎や素人相撲が奉納され境内は箱踏を極めた。
また学校は休日となり全校生徒は学校長の玉串奉奠に合わせて拝礼した。
昭和20年(1945年)神道指令により神社の国家管理が廃止され、本村神明社として現在は伊勢神宮を本宮とし、氏子並びに崇敬者より御神徳を敬仰されている。2013-01-12 15.14.24
厚木街道に面した非常にわかり易いロケーション。西に2km程行くと、同じく厚木街道に面している日吉神社があるのだが、そこに比べても非常にわかり易い場所。神社の大きさと場所のわかり易さにはそれなりの相関があるような気がする。2013-01-12 15.12.48
社殿。お祓いなどお願いすると中でいろいろやってくれる。この時も誰かが中でお祓いを受けていた模様。2013-01-12 15.15.35
2013-01-12 15.14.33
何もないフラットな敷地。参道左側はターマック、右側がグラベルになっている。車のお祓いなども受けられるのでターマックの範囲は車で乗り可能。グラベルの範囲では近隣の子供がボールなどで遊んでいる。2013-01-12 15.16.33
敷地内で唯一目立つものがこの慰霊塔。2013-01-12 15.14.38
鳥居前から二俣川方向。2013-01-12 15.14.44
鳥居前から鶴ヶ峰方向。向かいはマルトミオート。

mysqld

久々にブログを更新、写真を或る程度の枚数貼付けるとなぜか最後の方の数枚が表示されない。おかしいなぁと思いつつapacheのerror_logを見てみると、スクリーンショット 2013-01-13 20.10.11

なんてログが出てたので、軽く調べた所、MySQLのマニュアルに、

間違ったクエリか大きすぎるクエリをサーバに送信した場合も、このエラーが発生する可能性があります。mysqld は大きすぎるか異常のあるパケットを取得すると、クライアントに何か問題が発生したとみなし、接続をクローズします。大きなクエリが必要な場合(たとえば、大きな BLOB カラムを使用している場合)、mysqld を -O max_allowed_packet=# オプション(デフォルト 1MB)で起動して、クエリ制限を引き上げることができます。拡張メモリは要求に応じて割り当てられます。そのため、mysqld は、ユーザが大きなクエリを発行するときや、mysqld が大きな結果レコードを返す必要のあるときだけ、メモリを増やして割り当てます。

 

ってな記述があったので、どうやらパケットサイズを増やしてやれば良い模様。なわけで、/etc/my.cnfをちょと修正。[mysqld]セクションに

max_allowed_packet=16M

を追加して # service mysqld restart したら全部の写真が書き込めるようになった。しかし前にも写真たくさん貼り付けたエントリーがあるのだがそちらは何事もなかったのがちょと不思議。

→よくよく考えてみると、写真をそのまま本文に貼り付けてるというオチだった。一度メディアライブラリに上げてそこから引っ張ってくるという、普通のやり方をすれば良いだけだね。しばらく使ってなかったからやり方を忘れてしまったようだ。

左馬神社 (大和市上和田)(サバ神社#2)

こちらも2012年10月21日お参り。


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御祭神

源義朝   ( みなもとのよしとも )
天照皇大神   ( あまてらすすめおおみかみ )
神武天皇   ( じんむてんのう )
素盞男命   ( すさのおのみこと )
ご由緒
宝暦14年3月桃園天皇徳川九代将軍家重の代、名主渡辺兵左衛門、小川清右衛門この地に宮を建立、佐馬頭源義朝の霊を勧請し村民の精神道場となるや漸次庶民崇敬の的となり、文化3年4月3日上和田信法寺14世重職憧与上人、氏子の賛同を得て五穀豊穣の祈願をなしたるや、其の御神徳の偉大さに武家・一般庶民に深き感銘を与う。
以来五穀豊穣はもとより家内安全守護神として広く世に伝わり崇敬者多し。
尚、境内社として天照大神、神武天皇、須佐之男命、三神を奉斎氏国土安穏氏子崇敬者の安泰(疫病・痘癒・厄除)守護を念ずる参詣者今尚多し。WP_000489
中原街道から脇に入るとすぐに現れる、意外に敷地面積の大きな神社。WP_000476
社殿。中はほとんど見えない。WP_000474
社名は縦書き。千社札多し。WP_000478
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こちらに三神が合祀されている模様。WP_000483
社殿右手奥には崩れてしまったと思われる狛犬など。WP_000484
狛犬前から。WP_000487
ここも神社に鐘。WP_000490
鳥居脇の地蔵尊なども崩れてしまっているものがちらほら。

左馬社 (横浜市瀬谷区橋戸)(サバ神社#1)

お正月になって神社関係のキーワードで検索した結果からこのブログを見に来てくれる人が多くなったようです。ありがたいことです。とりあえず去年お参りしておきながらまだ載せていないものが2つあるのでそちらからやって行きます。

とりあえずサバ神社その1。2012年10月21日お参り。


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御祭神

源義朝   ( みなもとのよしとも )

ご由緒

その昔、境川流域の村々では、疫病が流行すると境川の東西に点在する神社をまわり、厄除けをする民間信仰が盛んでした(七サバ参り)。
当左馬社は、「七サバ神社」と呼ばれるうちの一つであり、祭神は左馬頭源義朝です。
隣接の真言宗西福寺が、この左馬社の別当職であったので、当時の神仏混溝の姿が今日に残り、神社の境内にある吊鐘は区内唯一のもので、厄除け、虫除けに鐘をついて祈願したとのことです。
梵鐘は江戸時代の文久元年(1861年)に鋳造されましたが、太平洋戦争の際供出したため、昭和32年(1957年)氏子の協力によって新たに現在の鐘が作られました。
平成10年3月 瀬谷区役所WP_000471

これまた地元の人しかわからない込み入ったロケーションながら入口はフラット。WP_000463

社殿WP_000462

社名は縦書きWP_000466

合祀の詳細は不明WP_000465

由緒・由来などが書いてあると思われるが、薄れてしまっていてまったく読めない。WP_000468神社なのに鐘がある。訪れた時は奥の集会所に人が大勢集まって何事かやっていた。鐘の下の二人はその一部だと思われる。WP_000469

御神輿など格納されている模様。WP_000472

入口前の様子。